昨年82歳で逝去した祖母にまつわる話しです。

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photo by (c)Tomo.Yun

祖父母宅には、小さな頃から年に数回訪問しては楽しい時間を過ごしていた。遊びに行くと祖母は必ず美味しい鍋料理を振る舞ってくれた。
いつもいつも鍋で、違うものが出る事は無い。
その理由を知ったのは、私が中学生の頃だった。
祖母は極度の料理下手で、それが原因での離婚歴も有るとのこと。
毎回鍋なのは、出汁に具材を放り込むだけなので失敗が無いからだと言う。
それを聞いた時は「ふうん」という程度で何も感想は持たなかった。私は祖母宅で出される鍋料理には何の不満も無い。それどころか祖母が出してくれる鍋は大変豪勢な物で、てっちりなどが主だった。
私達子供の口には入らなかったけれど、祖父だけが食べるふぐの白子にも興味津々。
いつも訪問するのは日曜だったので祖父の大好きな「笑点」を見ながら鍋をつつくのが恒例で、お馴染みのメロディを聞きながら鍋を始めるのだった。

さて、私が高校生の時、父母が2人で社員旅行のハワイに行く事になった。
私と5つ下の妹は留守番だ。
それを当時生意気盛りの私と妹は大いに喜んだ。
「1週間、親の居ない生活だ!」。
しかし現実はそうは行かない。父母は「子供達だけで過ごさせる訳にはいかない」と祖父母に留守番を任せた。我が家に1週間、祖父母が泊まる事になったのだ。
せっかくの子供だけの1週間が台無しだが仕方ない。

父母は私達姉妹を祖父母に託し、1日目の夕食としてカレーを用意してハワイに旅立った。
しかし、夜、食卓に祖母が出したのは妙にシャバシャバしたカレーの匂いのお湯だった。
無言で凍り付く私達姉妹に祖母は
「いかんねえ、お母さんはドロドロのカレーを作って行ったとよ。こりゃ水を足さにゃと思ったけんど、水を入れても入れてもドロっとするんよ」と言った。
食卓に出されたカレー味のお湯のかかったご飯を、私達は無言で食べた。祖父も無言だった。
祖母は「おかしいねえ、あまり味がせんねえ」と不思議そうに言っていた。
大きな鍋にタプタプに入ったカレー湯は、仕方なくシンクに流される事となった。

これは大変な事になってしまった。「どうしよう」と妹と話し合った。
しかし、私は実は料理が得意だった。
ここは私の出番と思い
「おばあちゃん、料理は私が作るよ」と申し出た。
だが祖母は「あんたは学校があって大変だろう。夕飯は、ばあちゃんに任せんしゃい」と取り合ってくれない。
その後はお察しの通り、味のしない煮物、真っ黒に焦げた魚など、世にも恐ろしい夕食が食卓に出た。
食卓での雰囲気があまりにも陰気になってきたのを祖母は察して、お惣菜を買って来るようになり、私達はホッと胸を撫で下ろしたのだった。

1週間留守を守ってくれた祖父母には本当に感謝したが、ハワイから戻って来た父母に私達は「どんなに大変な食事だったか」を訴えた。
母は「料理下手とは聞いていたが,それ程とは思わなかった」と驚いていた。
父に聞くと、普段祖母は近くのデパートで総菜を買って来る毎日らしい。
優しい祖父は、それで十分だと文句も言わなかったらしい。

昨年,祖母が亡くなった知らせを受けた時に、一番に思い出したのはカレー湯の事だ。
いつも美味しい鍋を振る舞ってくれていたけど、カレー湯の思い出はそれ程までインパクトの強いものだった。
今もカレーを食卓に並べる度に、ついカレー湯の思い出を語ってしまい
「その話、何度も聞いたよ」と子供に言われてしまうのだ。

公開日:2014.12.18

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