25年ほど前、当時輸出先であった韓国の会社の会長さんのエピソード

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photo by (c)Tomo.Yun

今から25年ほど前、当時輸出先であった韓国の会社の会長さんのエピソードです。
技術指導のため大阪のメーカーさんの部長さんと韓国に出張することになった。
しかし大好きな韓国料理への期待感は瞬く間に消え去り、出張が苦痛の種となってしまったのである。

親会社の碍子メーカーの工場長に呼び出され「あのなぁ、会長から電話が掛かって来て『韓国では絶対に売っとらんで、日本で買って憲治さんに持たせてください』って言ってきたで、これ持ってってくれ」とのことであった。
渡されたもの見て、勘弁してよ~だった。それは女性用の「大人のおもちゃ」だった。乾電池入れてスイッチをオンにするとビィ~ンとか振動して動くヤツ!会長さんはたしか大正中ごろの生まれで奥様は20歳以上年下の後妻さんと聞いてたから、なぁ~るほどとは思ったけど。

しかし、そんな怪しいもの持って金甫空港の税関で荷物開けられ、中から大人のおもちゃが出てきたら、税関の職員に「アンタ 何しに来た。これでわが国の女性と遊ぶつもりで来たのか。ダメ、入国させません、即刻国外退去ですから、日本に帰れ」なんていわれた日にゃ目も当てられん!

自分のもんでもないのに…「頼まれたんです」って言ったって信用などしてもらえるわけもなし…旅行社の担当者にも相談したけど「それは、止められた方がいいんじゃないですか」とのことだった。
しかし、持って行かなければ楽しみにしてる会長さんに悪いし、それよりも何もそれがビジネスに悪影響でも及ぼしたら、せっかく掴んだ取引がダメになってしまうかも知れない。

意を決した。包装紙とリボン買ってきて、いかにも豪華な贈り物ごとく、昔デパートガールだった家内にきれいに包んでもらい、持って行きましたわ。後は野となれ、山となれの心境そのものであった。
金甫空港の税関で順番を待つ間、心臓は張り裂けんばかりに打っていた。ボクの番になった。税関の係員はパスポートを見ながら「お仕事ですか」と聞いてきたので、声がひっくり返って高くならないよう十分に気をつけて「はい、そうです」と答えた。
まったくの拍子抜けではあった。税関の係員はスーツケースを開けることもなく、パスポートを返しながら「はい、どうぞ」と言ったんであす。思わず心の中で胸を撫で下ろし、あの心配はなんだったのかと苦笑をこらえた。

ソウル市内の事務所で会長さんに会って、お待ちかねの大人のおもちゃを「このスケベ親父ぃ、それ使って奥さんを。」と心で笑いながらも、決して表情には出すことなく、渡した。
会長さんの顔は、それはもう『破顔一笑』そのものだったわ。
総勢10人ほど、会議室で打ち合わせや技術的なことを話している時ドアが開いて、会長さんがボクを手招きされた。

会長さんの後に付いて広い会長室に入ると、会長さんが大人のおもちゃをボクに投げ出し、「あなた、これは不良品じゃないか。動かんよ」と血相を変えて言った。会長さんの形相にまるで冷水を浴びせられたように体が硬直したのをよく覚えている。
ボクみたいな素人がやることはまず乾電池のチェック、というよりそれくらいしか出来ないから、まずは蓋を開けて乾電池を見てみると、プラスマイナスは間違っていなかったので、次はそれを取り出してみた。
見ると、なぁ~~んだ、こんなことかだったのかと。乾電池のプラス電極にシールが貼ってあった。それ取らなければ電気は通じないわさと シールはずして本体に入れてスイッチオン。
途端にビィ~~ンと軽やかな音とともに大人のおもちゃは動き出した。会長さんのこれ以上もないと言う笑顔は今も瞼にやきついている。

その二、三年後、会長さんは奥さんと一緒に来日された。奥さんの顔見て、その時のことを思い出し、人知れず苦笑を漏らしたボクではありました。

公開日:2015.01.07

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