photo by Futta.NET
私の父はアルコール依存症だった頃があり、仕事に行かない男性につきまとわれ、とにかくお酒を飲まされてばかりいて最後には仕事にも行かなくなって、朝6時に近くの河川にその男性が寝泊まりをしていたので、朝からでもお酒を飲んでいました。
そこで娘の私は、河川を取り締まる河川事務所に母と相談をして、その事務所に電話をし「その男性がゴミを出すので汚くって汚くって、とにかくきれいにしてほしい」ってその男性を寝泊まりしていた河川から追い出すように仕向けました。
そうしたら今度は居場所がなく当然収入もなかったので、24時間営業のスーパーの駐車場で車の中で寝泊りをするようになり、あげくの果てにはからだを壊し、いつの日か車の中で亡くなったらしいです。
私の父がダメになるかどうかの瀬戸際で自分がやるか又はやられるかということだったんです。生活を続けていくためには仕方がなく絶好の手段だったと思われます。あれから父も病院に行き、アルコール依存症を完治させるために入院して徹底的に治療をし、今ではお酒は完全にやめ性格も変わってしまい、天は我を見放さなんだ!ってその時の関係者の病院の先生を始め指導してくださった方々には手を合わせる思いです。
父も頑張ったし私と母も協力しあった甲斐がありましたね。
ちまたではちょっとした小話として知られているかもしれませんね。
公開日:2015.01.12
よくアルコール依存症から抜け出せましたね。御家族の協力がなかったら先の方と同じ運命でしたでしょうね。