にゅういんしてるおとうさんへ。

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2年前の秋、私の夫は突然の脳腫瘍、余命宣告に苦しんでいました。
私も夫も絶望の淵に立たされて、お互い相手の気持ちを考える余裕などありませんでした。
これからの生活の事、子供たちのこと…

私たち夫婦には、その当時5年生の娘と2年生の息子がいました。
脳腫瘍は場合によっては、本人の性格まで変えてしまう事があるそうです。
元々、前向きでよくおどけたりして明るい性格の夫でしたが、手術はしたものの、全ての腫瘍は取りきれず、言葉がうまくしゃべれなくなり、目が段々と見えなくなり、耳も聞こえづらくなり…
気分の浮き沈みが激しくイライラする事も多く、子供たちに辛く当たることもありました。
私はそんな夫に優しく接する事も出来ずに、病気の夫とケンカをしてしまう事もありました。

夫の病気が判明してから数ヶ月経ち、小学校の三学期が終わる頃に担任の先生との個別面談がありました。
そこで息子の担任の先生が、あるカードを私に差し出しました。
「学校の授業で自分の大切な人、大好きな人にメッセージカードを書く内容をやったのですが、早い内にこれを渡しておきたくて。」
先生が渡してくれた大きめの手作りカードの表紙には、
『にゅういんしてるおとうさんへ。』
とお父さんと手を繋ぐ息子の絵と共に書かれていました。
突然のことに涙が溢れてきました。
普段、息子は甘えん坊で夫と似ていてよくおどけてお友達を笑わせるタイプの性格でしたが、ぶっきらぼうな部分もあり、あまり手紙など書くタイプではありません。
また病気の父親に理不尽に当たられてしまう事もあったので、その表紙を見ただけで胸が熱くなるのを感じました。
中を開くと…
『おとうさんへ。にゅういんしてるけど、しゅじゅつしてるけど、きっとせいこうして、がんをなおしてまたいっしょに学校でやきゅうのれんしゅうしようね。クリスマスもあるし、いろんなことしようね』
と、何ともぶっきらぼうな字で書かれていたのです。
息子はそれまで、サッカーをやっていたのですが、お父さんが病気になってしばらくした時、ある日突然、「僕、野球やりたい。」と言い始めたのです。
野球は父親が幼い頃から高校までやっており、ずっと話を聞いていたのです。
私は担任の先生の前でしたが、我慢出来ずにずっと涙が溢れて止まりませんでした。
当たられて自分も辛かったと思うのに、お父さんの事をちゃんと分かってあげていたんだ…と。
そのカードには、なぜかふざけたイカの絵が飛び出すカードになっていました。
私は、家に帰り息子に聞いてみました。
「なんでイカが飛び出すようにしたの?」
すると、息子は、
「お父さんが笑ってくれるから。」
と言ったのです。
泣いたり、イライラしたり、落ち込んだりしているお父さんを見てきて、ただ、笑ってほしかったのです。
その話を聞いた夫は、ただ黙って息子を抱きしめて泣いていました。ただただずっと…

それから数日後、夫はフラフラになりながらも、小学校のグラウンドで熱心に、そして嬉しそうに野球の指導を息子にしていました。
ふたりは笑っていました。

息子とキャッチボールが出来たのは、たったその一回だけでした。

夫が亡くなって2年生が経ち、娘は中2、息子は5年生になります。
いまでも野球に励む息子を見ると、野球をしていた頃の夫と重なります。

誰かが言っていましたが、無償の愛をくれるのは親よりも子供の方だと。
本当にその通りだな…と感じています。
私の人生の中で最も悲しい出来事でもあり、でも本当の意味での愛情を知った出来事でした。

読んでくださってありがとうございます。

公開日:2018.10.23

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