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彼が私の実家に正式に結婚の申し込みの挨拶をしに来た時の話です。
その日はクリスマスの当日12月24日でした。
北国にある私の実家は、文字通りのきれいなホワイトクリスマスとなり、
私が手によりをかけて作ったたくさんのごちそうが、食卓に並びました。
父・母・私そして彼で囲む初めての食卓は、緊張しながらも始終和やかで
大酒飲みの父は白ワインをいつも通り水のように飲んでいました。
それに負けじと、飲める口の彼もグラスを空にし父からの杯を受け、注ぎ注がれ合い
どんどんペースが上がっていたようです。
更に彼は、私の手料理を喜んで食べ、その気持ちいいほどの食いっぷりに父も母も大変喜んでおりました。
デザートの時間になったころ、ワインの攻防戦も落ち着き、いよいよ彼から結婚の申し込みがありました。
彼のひととなり、そして食事を美味しく食べるその姿に私の両親はすっかり心を許し、あっさりと私たちの結婚は承諾され、ほっとしたのを覚えています。
と思ったのもつかの間、既にワインを3本ほど二人で
空けているにも関わらず、私が父にプレゼントしたブランデーまでグラスに注ぎ始める始末。
「祝い酒ね」と母と私は微笑ましく思っていましたが…これが大惨事を引き起こすとはだれも思わなかったでしょう。
彼も父も、この頃にはだいぶ酔っており、父はテーブルでうたた寝を始めました。そんな横で、彼は足取りもおぼつかないまま帰り支度をはじめ「今日は本当にありがとうございました。」と帰ろうとしたのです。
外は大雪、終電の時間もとうに過ぎています。
私と母は、こんな中を家に帰すなんてとんでもない。と必死で止めましたが、「僕はこのまま公園にでも泊まりますよ‥‥」などというのです。今思えば、彼は相当具合が悪かったのでしょう。
母と私で無理やり、荷物をはぎ取り笑
この日のために綺麗に整えた私の部屋へ泊まるように言って、彼を休ませました。
結婚前でしたので、その夜私は別の部屋で寝て起きた次の朝、彼が寝る部屋で私が見たものとは…
綺麗でシンプルな私の部屋の床一面に広がる、赤いシミ。あの独得で強烈なすっぱいかおり。
婚約者の彼は、こともあろうか私の部屋で吐いていたのです。一晩中。大量に。それも直接カーペットの床に。
扉を開けた瞬間、何が何だか分からず
「僕は…とんでもないことをしてしまった…もうしわけございません‥‥」と人でも殺めてしまったかのように、真っ青な顔をして土下座する彼を眼下に、とっさにタオルと重曹を取りに部屋を出ました。
私は、あの朝の、窓の外に降り積もる雪の白さと、昨日食べたトマト料理で染められたカーペットの赤の情景が忘れられず、今でも思い出します。
アフタークリスマスの早朝6時から、無言で熱湯と重曹を叩き込む私たち。「どんどんどん」という音で両親が起きない訳がありません。
けれど、私は男の人のプライドをへし折るようなことはしてはいけない!と必死に両親にばれないようにしていました。
今思えば、なんともかわいらしい心がけです笑
彼の吐しゃ物にまみれながら、必死に染み抜きをする中でも、不思議と怒りは湧かず
「この人の、こんなに恥ずかしい姿を許せるのならば、結婚しても大丈夫。」
と安心までしていました。
隣でまだ気持ち悪そうに、淡々と染みを抜く彼が
「君と結婚する心に少しだって後ろめたいことなんてない。文字通り、腹のうちを「すべて」明かしたんだから。」
とぼそっと言った言葉。
本当にその通りだ。と二人で肩を震わせて笑いました。
ただ、だいぶ身を切ったねえと。
これが、私たち夫婦の結婚秘話です。
公開日:2023.01.12
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