リゾート地にあって異名を得てしまった観光スポット『人を呑む崖』

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photo by フリー素材屋Hoshino

当時私はリゾートホテルのフロント係をしていました。
宿泊客以外にもショーや温泉を楽しみに来る日帰り客、ホテル所有の海中展望台を訪れる観光客も大勢いて、その辺りでは1,2を争う大きなホテルでした。
海洋動物のショーやパンダが見られる施設、エネルギーを楽しく学べる施設など、近隣には家族で楽しめる場所が充実していて、美しさで有名な海水浴場を有しているリゾート地でもあります。夏休みともなれば人口が倍にも膨れ上がるようでした。

そんなリゾート地にあって唯一、あまりありがたくない異名を得てしまった観光スポットがあります。
ホテルから徒歩5分足らずの場所にある、サスペンスドラマのロケでも使われる有名な断崖です。『人を呑む崖』、そう呼ばれていました。
陽光の下ではそんな異名など忘れるくらいの絶景が広がっています。すぐ傍の鍾乳洞も人気があり賑わっています。ただ夜の帳が降りてしまうと、その場所は良くない何かをはらんでしまうようでした。

私はホテル近くの寮の5階に住んでいて、部屋からはその『人を呑む崖』が青い海原と共に一望できます。
時折季節とは無関係に、断崖から沖へかけユラユラと鬼火が遠ざかってゆくのが見えたものでした。なぜか怖くはありませんでした。当たり前のモノが当たり前に飛んでゆく、そんな感じです。私は毎日見ているその断崖に慣れ、ナメていたのだと思います。

そろそろ夏休みも終わろうという頃、親しくなったバイトさん達と飲みに行くことになりました。
当時は特に地方では飲酒運転が珍しくなく、その晩も2台の車に分かれて出掛けました。男5、女4の飲み会です。あと数日後には居なくなるバイトさん達との飲み会は盛り上がり、ハシゴを重ね最後の店が閉店する深夜2時過ぎまで続きました。
誰が言い出したのか覚えていません。なぜか自然な流れで『人を呑む崖』へ行くことになったのです。極度な怖がりの友人まで拒絶せずついて来たのですから、あの時の私たちはどこかおかしくなっていたのでしょう。

昼間は駐禁の鍾乳洞近くまで車で入っていきました。車外へ出た途端、私は早くも後悔をしていました。普段は自室から見るだけの光景も実際その場に立って見てみると、なんだかすごく恐ろしいような気がして仕方なかったのです。
なぜ恐ろしく思うのか、その理由が解った瞬間、私は息をすることが出来なくなっていました。本気で怖い時には悲鳴など出ないものだとその時はじめて知りました。
怖がっているフリの女子たちも強がってみせる男子たちも、どうして気がつかないのでしょう。あんなにハッキリと、あんなに物欲しげに私たちを見つめているのに。
鬼火を怖いと思わなかったのは正解でした。怖いのは海へ帰ってゆく鬼火ではなく、穴の中で蹲り、或いは這い回り、或いは引き摺りこもうとする自殺者たちだったのです。

鍾乳洞の中からかなり大きな唸り声がしました。
洞窟内で反響するのがやけにリアルです。崖の方で騒いでいた彼らもやっとそのことに気がつきました。一斉に暗い穴の中を振り向いた彼らは私と同じように固まりました。
もう声だけではありません。大小さまざまな影が揺らぎながら穴から出てこようとしていました。長く水に浸かってふやけたような白い人型のモノ、イソギンチャクみたいな手だけのモノ、這いずる真っ黒い影だけのモノ・・・・。

最初に動いたのは怖がりの友人でした。聴いたことがない咆哮をあげて走り出しました。彼女の行動を切っ掛けに金縛りが解けた私たちは、一斉に必死になって車へと駆け寄りました。誰も後ろは見ませんでした。振り返ればそれで終わってしまう、そんな危機感に突き動かされていました。
こういう場合、TVなんかでは大体エンジンがかからなかったりしますよね。一瞬そんなシーンがチラッと頭をよぎりましたが、幸い2台とも一発でかかりました。誰も一言も発しないまま、車は急発進でその場を後にしていました。
走り出してすぐ、運転していた男子が震える声で言いました。「見たらアカンで」
「なにを?」そんなことは口にしなくても分かります。後ろを見るな、彼はそう言っているのです。
私たちは彼の忠告を守ってぎゅっと目を瞑っていました。私の寮まで辿り着くまでのほんの数分の道のりが、途轍もなく長く感じられたのは言うまでもありません。部屋に入ってお互いの顔を確認してはじめて、私たち女子は泣き出しました。男子たちは気まずそうにしていました。
その夜はそのままみんなで過ごし、翌朝それぞれの職場に散ってゆきました。同じホテル内ですから顔を合わせることもあるのですが、誰もその夜の話はしませんでした。そのまま数日後、バイトさん達はそれぞれ本来の居場所に帰ってゆきました。

1年後の夏、戻ってきたバイトさんから聴かされました。
私たちに見るなと忠告した彼、その年の暮れに亡くなっていました。まだ19歳の若さだったのに、眠りについたまま起きてこなかったそうです。
彼はきっと、あの時バックミラーを見てしまったのだと思います。
何が見えたのか、彼の居なくなってしまった今となってはもう分かりません。ですが、彼が忠告してくれていなかったら・・・・そう思うと今でもゾッとするのです。
もう二度と夜の『人を呑む崖』には近づきません。いえ、『人を呑む闇』がありそうな場所にはどこだろうと絶対に。
そしてただ、忠告してくれた彼の平安を祈るばかりです。どうか彼がその闇に囚われていませんように、と・・・・・。

公開日:2014.12.30

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    恐ろしい話ですね。そういった自殺の名所となっているところには興味本意で近づいたり行ってみたりしないことですね。自分の命を奪われる可能性もあるんですね。本当にこわいです。よく夏のTV番組にそういう幽霊がでると言われてるところに実際に行ってみましたとかって撮影に行くのもやめてもらいたいですね。

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