幼少期から結構重い鬱の母を支えてきました。

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幼少期から結構重い鬱の母を支えてきました。
小中高イジメや人に言えない事をされいつの間にか鬱になり大学中退という最高の親不孝をしました。
実家に帰り待っていたのは兄からの暴言と暴力。
心から信頼していた姉からも暴言と無視をされるようになり、一日中温泉の休憩所で過ごす日々が続いていました。

そんな中で自分が実家から逃げることができなかったのは母がいたからです。
そんなある日自分はある決断をしました。『死んでしまおう』その時は兄から殴られ階段から落ちたときでした。
警察の方もきてなぜか手も口もだしてない自分に非があるという凄く理不尽に思いました。

電車に乗ってお城山と呼ばれる山に登って木に紐を通してる時、麓の住民の方にこっぴどく怒られました。
その方は自分の体の傷をみてさっしてくれて家でお茶をご馳走してくれました。
『死ぬ勇気があるなら逃げなさい』この一言で目が覚めました。
その頃お付き合いしてる方のもとに逃げることにしました。
急いで準備を整え母にだけ詳細を伝え東北から九州に引っ越しました。まだ家族が眠ってる間に家を出て、新幹線で東京に東京から福岡に福岡からもう一本新幹線に乗り、着いてすぐ彼女に抱きしめてもらいました。
彼女は全て知った上で一緒にいてくれると言ってくれました。

そして現在、少しずつ土地にも馴染んできて彼女のおかげで幾分体調が安定してきました。
今でも鏡を見ると傷が疼きますが前よりは楽です。
たまにホームシックになったり母が心配で仕方なくなります。でも自分で決めた道なので弱音は吐きません。
もう帰らないと決めましたし、なにより誰よりも幸せになってやるという思いが強いです。
すみません。悲しい話ではありませんけど、もし最後までお読みになられた方がいたら世の中にはそんな人もいるんだということをわかっていてくれるとありがたいです。

公開日:2017.10.19

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